地元に信頼される東北電力 女川原子力発電所に避難する近隣住民 

東日本大震災の発生直後から、
東北電力女川(おながわ)原子力発電所(宮城県女川町、石巻市)の体育館で
近隣住民が避難生活を送っている。

東京電力福島第1原発の事故が連日伝えられる中、
被災者はなぜ原発を避難先に選び、そこにとどまり続けるのか。

避難所は原発施設の中にあるため公開されていないが、
片づけなどで原発と自宅を往復している避難者に話を聞くことができた。

水産加工業に携わる女川町の60代の男性は
「町の中心部に向かう道が地震で通れなくなり、
ここに避難するしかなかった。頑丈に作られているから安全だと聞いていたし…」
と話す。

また、福島原発の事故を知ったのは避難後のこと。
「怖くないわけではないが、他の避難所は人でいっぱい。
行くところもないし、しばらくはここでお世話になろうと思っている」と話す。

石巻市から避難してきた40代の女性は、
安全なところに避難しようと思ったときに、原発のことが真っ先に浮かんだという。

「福島での事故を聞いて、『もしかしたらここも?』と思わなくはないが、
事故が起こったようなニュースは聞かないし、今さら他に移ることは難しい。
家にも近いので、しばらくはここで過ごしたい」との回答をいただいた。



女川町と石巻市は津波の甚大な被害を受け、海岸沿いの町は津波で大半が破壊され、
多くの人々が避難生活を強いられている。

女川町中心部から海岸沿いの道を約15キロ進んだところに女川原発はある。
距離は近いが、ここにたどり着くまでは一苦労だ。
地震の影響で道路は所々で陥没し、何メートルにも渡って亀裂が走っている。
自衛隊が復旧作業を進めているが、道の途中にちらほら見える住宅は完全に孤立していた。

女川原発の広報課によると、地震発生当日の11日、
原発が地域住民などへの広報施設として開放している
「女川原子力PRセンター」に、次第に被災者が集まってきたという。

原発は各自治体指定の避難所ではないが、
東北電力は人道的な観点から、被災者の受け入れを決定。
同センターは水や電気などが不十分なことから、職員の厚生施設として利用している
原発施設内の体育館に被災者を誘導。

現在、約240人が身を寄せている。
女川原発は今後、各自治体と避難所の期限などを協議する方針だが、
「避難者がいる限り、当面の間は続けたい」と話している。

ソース詳細
msn産経新聞 2011年3月26日(土) 22時32分

ニュースの先っちょ(大阪維新・公務員改革)

ニュースの先っちょ(きずな:大切にしよう親日国)

ニュースの先っちょ(新エネルギーと日本創造と破壊)

ニュースの先っちょ(ステマとブームと煽られる大衆)

ニュースの先っちょ(特定アジア:韓国・北朝鮮・中国)

ニュースの先っちょ(我欲の宴:民主党・日教組・教職員)

足元の気配り